<<オーストラリアでワーキングホリデー中の体験談>>





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こんな国で過ごしてみたい!がきっかけでした。
飯泉 洋子 さん
from オーストラリア・シドニー
 数年前、友人とオーストラリアのゴールドコーストに観光旅行に行った時、「こんな国に1年ほど住んでみたい。」そう思ったのが、私のワーキングホリデーのきっかけでした。しかし英語とは縁の無い私が、一人で海外にすめるものか…。何度、自問自答を繰り返したことやら。そして幾多の困難を乗り越え、仕事を辞め、単身オーストラリアに来てしまいました。
 来豪当初(今もですが)、右も左も分からず本当に不安な日々でした。毎日エージェントに顔を出しては、励ましていただく日々。しかし外に出て空を見上げると、青い空に白い雲、目線に地平線…自分の選択に間違いは無いと思った瞬間でした。
 最初の1ヶ月、ホームステイから語学学校に通うことにしました。入学当初、学校の説明すら英語で、何を言っているかまったく理解できず、非常に落ち込みました。しかし今まで英語から逃げていた私が、何の不自由も無く英語圏で生活できる方が不思議だ。と思い、焦るのはやめました。学校では、拙い英語で初めて日本人以外の友人ができました。
 そろそろホームステイが終了するころ、シェアルームを探すことにしました。その時、何の因果かラウンド募集を見つけてしまいました。そして、語学学校とホームステイが終了する直前に、内陸に向けて旅立ったのです。ブルーマウンテン、キングスキャニオン、アリススプリングス、エアーズロック、マウントオルガ、クーパーぺディー、マタランカ、ダグラス、ダーウィン、キャサリンコージ…。毎日素晴らしい内陸、夕日、夜空を見て、貴重な体験をしました。もちろん寒い朝、暑い夜、蚊や蠅に悩まされる事もあり、楽しいだけではありませんでした。特に私は、出発2日目である誕生日に、荷物紛失という痛い目に合いました。しかし、まだ出会って間もない仲間に誕生日を祝ってもらい、本当に感激しました。私はこのラウンドと、仲間を一生忘れないでしょう。
 旅行から帰ってきた私は、次にシドニーマラソン(人生初のフルマラソン)に出場することにしました。何でだろう…走る事は好きじゃないんだけど。ただ、大好きなオリンピックで、高橋尚子が優勝した時のブルーラインが残されていたからですね。しかし大会2週間前から風邪をひき、ろくに練習できず。とりあえず完走を目指して走り始めました。ホテルの窓や建物の上から応援してくれる人々、「You can do it!」と声をかけてくれるスタッフ。どんなに遅くても、絶対ゴールしようと頑張りました。しかし思わぬ盲点が!何時間かかってもゴールを目指せると聞いてたのですが、実際は交通規制解除に伴う時間制限があったのです。私はスタートから2時間30分後、20キロ地点でピックアップされました。オリンピックパークに向かう車中では、思わず悔し涙が出てきました。そして一緒に出場した友人共々、いつかフルマラソンを制覇しようと誓い合いました。
 現在オーストラリアに来て3ヶ月になります。生活の方も大分落ち着いて、最近購入したばかりのディジュリドゥを練習したり、そろそろボディボードにチャレンジしてみようと思ってます。日本で会社勤めしていた頃には、到底考えられない様々な体験をしています。本当に自分の選択の数だけ、道が開けるんだと実感しました。こうあるべきだとか、何が正解という考えはないけど、一度しかない人生だから、後悔しないように頑張りたいですね。ちなみに、将来自分が子供を持つなら、一度は海外行きを進めます。
オーストラリアでワーキングホリデー/ワーホリの体験談

          
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