<<ワーキングホリデーがオーストラリアのラウンド>>
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ラウンド出発前
それからは、ただひたすらバイクの整備に明け暮れる毎日でした。まずバイクの掃除。そしてチェーン、前後スプロケット、前後タイヤ、ブレーキパッド、エンジンオイルの交換、磨り減ったネジやなくなってしまっているネジの補強。バイクを良く知っている方なら大した作業ではないでしょうが、僕はバイクに関しては素人同然。バイクは乗っていましたが整備と言えばプラグやブレーキパッドの交換くらい。パンクの修理方法すらよくわからないし、今思えば良くこれでオーストラリアを走れたと思うほど無謀でした。他のライダーたちから整備の仕方のわからないところを聞き、パンクの修理の仕方も教えてもらいながらの整備でした。(他のライダーから得た情報や整備の仕方は、これから出発する僕にとっては本当に貴重だった。というのは、オーストラリアをラウンドするには、パンクの修理をはじめ、知識の有無が命に関わってくる場合もあるということを、身をもって体験したから・・・。)整備が終了し、バイクに荷物のパッキングも決めて、いよいよ出発の準備が整いました。バイクに積んだ荷物は、テント、寝袋、ツーリングザックジェリ缶(予備ガソリンを入れる10リットルのポリ缶)、調理用コッヘル、ストーブ(MSRのガソリンが使えるタイプのもの)、地図、薬や湿布、ナイフ、工具、タイヤやチューブ・プラグ、食料と多めの水、セーターやトレーナー、辞書とノート。大体こんなところを積み込みましたが、荷物は当然少ない方が楽です。全ての準備を整えて目指すはオーストラリア大陸一周!いざ出発! |
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いよいよラウンドスタート!
1999年1月15日、快晴。パッキングして準備を整える。初日の目標は、シドニーから西へ約100キロ程行ったところにある「カトゥーンバ」。ここはスリーシスターズと呼ばれる鋭く切り立った岩山が3つ並んでたっている事で有名な場所だ。とにかく第1日目の目的地を決めましたが、実のところ本音を言うと、「これから俺、どうなっちまうんだろう・・・」という不安で押しつぶされそうなくらい怖かった事を覚えています。みんなで懸記念真を撮り、見送られながらいよいよ出発!街の中心地を通り抜け、カトゥーンバへ向かうフリーウェイへ。街を歩いている人や車を運転している人たちが、荷物山積みのバイクを珍しげに眺めている。なんだか恥ずかしい。フリーウェイに入りその後は一路カトゥーンバへ向かってただ走るだけ。なんとなく浮き足立っていた気持ちが安らいできたと思いきや、突然のマシントラブルである。いくらアクセルを回してもエンジンの回転数が上がらない。ギヤをトップにしてアクセルを回しても70キロしかでない。。「どうしよう・・・」と思う前に現実を受け入れられない自分がいる。結局そのままカトゥーンバへ向かい、バイク屋を探してみたが、どこにも見あたらない。とりあえず今日のところは目的地点までは到達できたので、キャラパー=キャラバンパーク(キャンプ場。オーストラリアにはどんな小さな町にもキャラパーがあります。)を探してテントを張り、その場でバイクの点検を始めました。
おそらくエンジンが回らない原因はキャブレターだと思っていたのですが、下手にキャブレターをいじって壊したらもう動けなくなるとと思い、その他の部分を点検しました。特に異常は見当たらず、もうお手上げの状態に・・・。夜もふけてきたので翌日あらためてバイク屋を探す事にしました。翌日は70キロしか出ないバイクに跨り、バイク屋を黙々と探しました。ようやく一軒のバイク屋を見つけられたので飛び込みました。「バイクの調子が悪いので見てもらいたいんだけど」と言うと「今日は、土曜日でメカニックはいないよ」との返事。そうだった。今日は土曜日で、大きなスーパー以外はどこもほとんど休みだった。すっかり忘れていた。「月曜日にまた持ってきて」と店の人に言われ、どうしようもないので土・日はバイクの調子が悪いまま周辺を観光する事にしました。ブルーマウンテンが一望できるスリーシスターズや急勾配の坂を一気に下るトロッコに乗ったり過ごしましたが、バイクのことで頭が一杯で、今ひとつ楽しめず、鬱々とした2日間を過ごしました。そして月曜日。バイク屋へ改めて行くと、メカニックが「今日は忙しいから明日持ってきてくれ」との返事。だいたいオーストラリアのバイク屋はこんな感じです。文句の一つも言ってやりたい気持ちになりましたが、言ったところでどうしようもない。と言うより文句を言えるほどの英語力がない。結局その日もその辺をブラブラと観光して時間をつぶしました。そして翌日、朝一番で再度バイク屋へ。一応預かってくれて「午後4時に取りにきてくれ」との事。街で時間をつぶしてバイク屋に戻り、「バイクどうですか?」と聞くと「ああ、終わったよ。」との返事。良かったぁ。これで動ける!原因を聞くとやはりキャブレターだった。早速バイクに乗りキャラパーへ戻り荷物の整理をしようと考えていたときに、西の空から真っ黒な不吉な雲が・・・。ひょっとして、と思ったのもつかの間、雨がパラパラと降って来て、そのまま大雨状態に。明日になれば晴れるだろうと安易に考えていましたが、翌日も大雨状態。雨の中を出発する気にもなれず、またもやテントで1泊。そして翌日もまた大雨状態。もう限界!これ以上足止めを食らいたくない!土砂降りの中でテントをたたみ出発しました。シドニー近くまで行けば雨も止んでいるだろうと思いましたが、シドニーも大雨状態。散々迷った挙句に、結局以前ステイしていた東京ヴィレッジへ逆戻り。完璧な振り出しに戻りました。その日はヴィレッジの人たちにからかわれまくったのは言うまでもありません。雨が止むのを待って、その2日後、1月21日に再出発を誓いました。
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屈辱の再スタート!
2度と屈辱は味わうまいと心に誓い、ヴィレッジにいるみんなに見送られながらの再スタートと相成りました。海岸沿いを南下し(このルートはかなり景色がグッド!)途中で右折しキャンベラ方面へ。牧草地帯をひた走る。あちこち寄り道しながら1月27日首都特別地域のキャンベラに到着。キャンベラはオーストラリアの首都ですが、首都とは思えないほど小さな街でした。大して見るものも発見できず出発すつもりでしたが、ステイしていたYH(ユースホステル)で、2人の日本人と1人の韓国人と出会い、2泊所を4泊してかなり盛り上がって過ごしました。
2月1日。みんなと別れビクトリア州へ。海岸沿いを西に向かい90マイルビーチへ。ここには「レイクス・ナショナルパーク」があり、このパークの道は深砂。他のライダーから教えてもらった場所で、「深砂ってどんな感じなんだろう」という好奇心のみで訪れてみましたが、これが強烈!まともに進んでくれない。その時まで深砂の道など走った事もなく(というより、ダートを走る事自体初めての経験だった)深砂でのバイクの乗り方など知る由もない。4回も転倒し、チェンジペダルが曲がり、ミラーが取れ、ハンドルが曲がってしまい、もうボロボロ。なんとかバイクを無理やりなおして、なんとか、逃げるようにしてナショナルパークから脱出。脱出後はさらに西へ進み、大陸最南端である「ウィルソン・ポロモントリー」を一気に目指しました。 |
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